Intrada

小さな手が、とても大きく見えた。
まだ庇護を必要とする、幼い我が子の小さな手が。

「アルフレード、」

あぁ、子供の成長とはこうも早いものなのか。
しかし、まだ幼い。
独りでこの世界と向き合っていくには幼く、小さく、か弱い。
美しいものと同じだけの、ときには、それ以上に醜いもので溢れたこの世界は、残酷だ。
何の罪もない真っ白な命が必死に足掻いていたとしても、決して手を差し伸べることはしない。
この真っ白な命が悪意によって穢されようとしたとしても、だ。

「アルフレード」

あぁ、世界は何て残酷なのだろうか。
神は、どこまで無慈悲なのだろうか。

「アル…」

柔らかい手が、そっと私の掌に触れてくる。

「ぼくは、だいじょうぶ」

大丈夫、と舌足らずに再度言う。
鳶色の美しい瞳に、今にも零れ落ちそうなほどの涙を溜めながら。

まるで、自分自身に言い聞かせているかのようなその言葉に、胸が締め付けられる。
残酷なのは、世界でも神でもなく、私自身だ。

「アルフレード…すまない…」

泣くのを耐えることを覚えてしまうには、あまりにも早い。
その小さな心の中に押し込んでしまうには、あまりにも危うい。
しかし、彼はそれも含めて「大丈夫」だと言うのだ。

とてつもない罪悪感が、胸を刺す。
あぁ、私が…。
私が、それをこの子に覚えさせてしまったのだ、と。

「…お前を独りにしてしまう私を、許してくれるかい?」

近い未来、この幼子が背負うものは。
喪失と孤独と寂寥と、残酷な現実。
愛するこの子に、何故そんなものを遺して逝かなければいけないのか。

「ぱぱー、ぼくはぱぱーが、だいすきだよ」

小さな、けれど大きな手が、死神に対する憎しみを握り締めた拳に触れた。

「ぱぱー、まんまにあえるといいね」

きっと、待っているよ。
この白くて綺麗な世界で、と。
両腕で抱えた本を開き、挿絵を見せてくる。
寝物語によく読み聞かせたそれは、とある男が愛する女性と再会を果たすために地獄と煉獄を旅し、そして白薔薇の咲き誇る天国で切々たる願いを叶える物語だ。 

「まんま、まっているよ。だから、ぱぱーはあいにいかなくちゃいけないんだ」
「…そう、だね…彼女が待ってくれているのなら、会いに行かなくていけないね」
「うん。まんまは、ぱぱーのことだいすき。ぱぱーも、まんまのことだいすきだもん」

ふわり、と咲いた笑みが、いつか見たものと重なった。
最愛の人のそれに。

(ラファエラ…)

君も見ているかい?
私たちが授かったこの愛らしい天使は、誰かの幸福を願うことができる心優しい子に成長してくれたよ。
これから先、この子はどんな世界を見るのだろう。
何を感じ、何を想い、大人になっていくのだろう。
その中で傷付き、挫けたときに、私のこの手は彼に届かない。
痛みに蹲るその身体を抱きしめてやることができない。
歓喜にむせび泣くとき、共に笑ってやることさえできない。
これ以上に悔しいことがあるだろうか。

「アルフレード、どうか…」

これは、私の傲慢だ。
理不尽な願いだ。
だが、それでも。

「どうか、笑顔を忘れることなく…」

彼女がそうであったように。
その血と愛情を受けたこの幼い我が子は、人を笑顔にすることができる笑顔を持っている。
どうか、それを忘れることなく。
己の笑顔が誰かにとって大きな救いとなることもあるのだと、忘れることなく。

「辛い苦しみから目を逸らしてはいけないよ」

この世界には醜いことばかりではないと。
人の悪意に傷付いたとしても、人の愛情で傷は癒されるのだと。
涙を流す夜だけではないと。
決して、忘れることなく。

いや、きっと。
優しく強いこの子ならば、一度忘れてしまっても必ず再び思い出せると信じている。

「勇敢に、戦いなさい」

地に膝をつくことが、負けることではない。
何度倒れ、何度躓き、何度立ち止ったとしても、それは敗北ではない。
決して勝てない強大な敵を前に怯んだとしても、それと対峙する覚悟に勝るものはないのだから。
私は確信している。
彼には、それがあると。

「これは始まりだよ、アルフレード」
「はじまり?」
「そう。お前が、光ある未来へと歩んでいくための、始まりだ」
「はじまり…うん、わかった」

力強く頷く我が子の小さな手を、握りしめる。
いつか、私たちと同じ…いや、それ以上の幸福をこの小さくも大きな手で掴むことを願う。
いや、この手はきっとそれを掴むだろう。

(ラファエラ、それまでは共に祈り続けよう)

彼がいつか、私にとっての君のような存在に出逢うまで。
そんな存在と共に歩む未来を。
祈り続けよう。

「ぱぱー、ぼくはぱぱーをあいしているよ」
「あぁ、私もだ。私も愛しているよ、アルフレード」

残酷で無慈悲な神が、唯一施した救済。
この時間こそ、まさにそれなのだろう。
最期の瞬間まで、彼の幸いを祈れるのだから。

「世界中の光よ、どうかこの子に…この子がいつか出逢う誰かと歩む道行に、どうか限りない幸いを…」

  いつか声高に唄われる幸福な詩の序奏が、はじまった


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何故か唐突に書きたくなるアルパパ。
何故か3回に1回はアルパカとミス入力してしまうアルパパ。

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