Schwerverbrecher

眠れなくて、ここに?
そうですか。
いいえ、構いませんよ。
ここは、神の家。
何人も拒みません。

私と話しを、ですか?
聖書…ではなく?
そうですね…では、少し前のお話しをしましょう。

あれは、雪の降る寒い夜のことでした。
私は翌朝のミサの準備のために、誰もいないはずの礼拝堂に向かいました。
そして、そこで。
自らの目を疑う光景を見たのです。

『…………』

雪が全ての音を食んでしまったかのような静けさの中。
祭壇の前に、ステンドグラスから差し込む月光を全身に浴び立つ青年が居たのです。
私は、息を飲み、言葉を失いました。
いいえ、言葉を発することすら憚るほどに、あまりにも美しいその光景に立ち竦むことしかできなかったのです。

『…あ、神父さま。すみません、こんな時間に』

私の気配に気付いたその青年はゆっくりと振り向き、穏やかな口調でそう言いました。
そう、美しかったのは、光景だけではありませんでした。
男性を評するに相応しくない言葉でしょう。
しかし、それ以外の言葉が見つかりませんでした。
それほど、その青年は美しかったのです。
容姿だけではありません。
紡がれる声や仕草、髪の毛一本までが美しく見えたのです。
まさに、“神々しい”と表現するに他ないほどに。

『…いいえ、構いませんよ。ここは万民の家です』
『ありがとうございます』

一瞬返事が遅れてしまったのは、その美しさに反して無邪気な少年のような笑顔を見せられたからです。
その懸隔に。
いえ、違いますね。
驚くほどに共存したその表情に、心底驚いたのです。

具体的に語るには難しいほどに、様々なものが調和し、その青年の中で共存していました。
ぞっとするほどの妖艶さの中には、微笑ましいあどけなさを。
この世の陽だまりしか知らないかのような甘さの中には、深い寂寥の色を。
正義と悪、白と黒、光と闇、朝と夜、正気と狂気。
全く相反するものを、その青年は見事なまでに調和させていたのです。
ですから、私はその不思議でいて、どこか荘厳な雰囲気を持った夜中の美しい礼拝者を、「天使が降りてきた」と思ってしまったのです。

『神父さま』
『はい?』
『やっぱり、ここにも神はいませんでした』
『え?』
『それでも、ここは…いつも優しい…静かで、穏やかで、ひどく優しい』
『……』
『でも…残酷なほどに、冷たくて厳しい』

そのとき私は、青年の細い身体を抱きしめたい衝動に駆られました。
苦しげに。
そして、どこか不安そうに揺らいだ瞳に、胸が締め付けられたのです。
哀しそうに。
まるで、何か縋るものを探すような。
そう、例えるならば迷子の幼子が救いを求めるような、そんな瞳でした。

『…神父さま、オレ……心から愛する人を見つけました』

ですが、そんな私の心情など知る由もなく、青年は唐突に告白を始めました。
それこそまさに、懺悔をする敬虔な信者のように。

『きっとオレは、その人のために生れてきて、その人を想いながら死ぬんだと思います』
『良い出逢いをしたのですね』
『…でも、神さまはひどく残酷で…ごめんなさい、神父さま』

謝罪の言葉を口にした青年は俯き、こう言いました。
自分はここに来てはいけない人間だ、と。

『君は……』

どんな恋をしているのですか、とは聞けませんでした。
青年の瞳がとても優しく、けれど同時に哀しげなものだったから。
あぁ、彼はひどく苦しく、それでいて、何を敵にしたとしても手離せない恋をしているのだ、と思いました。

『でも、ここに来てよかったです』
『……』
『やっぱり、オレはあの人でなければいけないんだと改めて思いました』

整った眉根を困ったように寄せながら、それでも嬉しそうに青年は微笑みました。

『あなたの心がそう言うのなら、それは間違いではありません』
『決して許されない過ちだとしても、ですか?』
『あなたと、あなたが想う人が過ちでないと言うのなら、それは真実です。神は必ず祝福してくれるでしょう』
『神父さま…』
『何が正しく、何が過ちなのか…それを決めるのは、神ではありません』
『……』
『真理とは、存外に簡単なものなのかもしれませんね』
『神父さま…話しを聞いてくださって、ありがとうございました』

そして、青年は祭壇のその上に掲げられた十字架を背負った主を見上げ、それ以上は何も言うことなく礼拝堂を出ていきました。

私はその後ろ姿を見送りながら、ふと思ったのです。
あの青年は、別れを告げに来たのではないだろうか。
誤って地上へ墜ちてしまった天使は、この地上で生きることを選んだのではないだろうか、と。
帰りを待つ主に永訣を告げたのではないだろうか、と。
そう思ったのです。

翼を捥がれたのか。
それとも、傷付いたのか。
どちらにせよ、彼は御許への帰還を希っていたのではなく。
翼を捨てることを選んだ。
たとえ、神が手を差し伸べたとしても、彼はもうその手を取ることはないだろう、と。
確信したのです。

『此処ではなく、“其処”に居たのですね』

彼が帰って行った場所には、きっと。
彼の帰りを待っていた誰かが、彼に手を差し出しているのでしょう。
そして、彼はその手を取る。

あの天使は地上で見つけたのでしょう。
翼を捨て、本当に帰るべき場所を。

それは簡単なようでとても難しく、等しく与えられるものではありません。
帰る場所、帰りたい場所、帰りを待っていてくれる場所。
此処には居なかった神が、きっと其処にはいるのでしょう。

『どうか、彼とその愛する人に祝福あれ』

その祈りが神の教えに背くことだとしても、そう祈らずにはいられませんでした。
いえ、彼らは確かに。
祝福を浴びることを許された者たちだと確信したのです。

あの日以来、彼がこの礼拝堂を訪れることはありません。
何故か?
必要ないからでしょうね。
天使は神の御許に…。
それが、本来あるべき幸福なのです。
えぇ、ですから、彼は幸せであろうと私は思っていますよ。

「それが、神を裏切る行為であったとしてもですか?」
「あなたが心から求めるものを信じなさい」
「……」
「神があなたの前に立ちはだかるのなら、立ち向かいなさい」
「でも…神はきっと、許してくださらない」
「あなたの幸福を祝福できない神など捨ててしまいなさい」

そう、捨ててしまえばいいのです。
大地で生きることを選んだ天使に、翼は要らないのだから。
その純白の翼は、誰かと手を繋いで大地を踏みしめて歩くには邪魔になる。

「あなたが真の神を見つけたのなら、迷いは必要ありません」

まだ幼さを色濃く残す少年は、ぱっと顔を上げた。
どこかあの青年に似た、美しい瞳だ。

「ぼくだけの神さま…うん、ぼくだけの」
「忘れないでください。あなただけではない、ということを」
「ありがとうございます、神父さま。ぼく、いってきます!」
「祝福を祈ります」

ぺこりと頭を下げて駆けて行った少年の後ろ姿が、あの日見た青年のものと重なった。
私はこの世界のどこかに居るだろうあの青年と駆けて行った少年に。
そして、彼らの愛する人に幸多いことを願わずにはいられなかった。

  恐らく彼らは、重罪人として裁かれることを選ぶのでしょう


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***
ハインと出逢ったばかりの頃のアルと街の教会の神父さま…と、謎の少年(笑)
実は、この神父さまはちゃんと名前もあるので、いつか本篇中のどこかに出したいと企んでいます。

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