何でもない特別な日にアウグーリ! おまけ

「Buon cmpleanno,生まれて来てくれてありがとう」

額に、頬に。
そして、唇に落とされた触れるだけの口付けはひどく優しいもので。
ハインリヒは、堪らないとでも言うかのようにアルフレードの唇が触れていった己のそれを掌で覆った。

「え?」
「お前はまた、可愛いことをしてくれる」
「お、起きていたの!?」

サイドチェストの上に置かれたナイトライトの小さな明かりの中でもはっきりと見て取れるブラックサファイア色の双眸が瞼の下から現れ、アルフレードはがばりと身体を起こした。
ハインリヒに覆い被さるように委ねていたそれはシーツに絡み、その拍子に肩に羽織っただけだったシャツがはらりと落ちる。

「いつから起きていたの!?」
「お前が俺の上でもぞもぞしていたときから」
「ね、寝たふり禁止!」
「寝やすい位置を探しているだけかと思って、あえて声をかけなかったんだが」

随分と可愛いことをしてくれる、と楽しそうに口端を緩めるハインリヒに、アルフレードは頬を朱に染めた。
キス如きで今更、と思わなくもない。
だが、こればかりは慣れるものではない、と思う。

いや、行為が、ではなく。
その行為へと突き動かす己の感情を丸ごと受け入れ、ひどく穏やかな海の色を宿した瞳で見つめられることが。
愛しい、とあまりにも饒舌に語りかけてくるものだから。
そしてそれは、彼に愛されているのだと自覚するのに十分すぎるものだから。

「ハインはずるい」
「ん?」
「今日はオレがハインを幸せにしようと思っていたのに」

いつもいつも、オレがそれ以上の幸せを貰っている。
何とも愛らしいその苦情に、ハインリヒは一瞬瞠目した後、小さく声に出して笑った。

「笑い事じゃないんだからね!」
「くっく、悪い悪い。だが、それは俺にとっては本望だな」
「オレだってハインに幸せだなって思ってもらいたいのに」
「アル…」

あぁ、もうどうしてくれようか。
この慕わしく愛らしい生き物をどうして愛さずにいられようか。

何の意味もなく、無味乾燥とした日々をただ呼吸と共に繰り返していただけだったこの世界を。
この命の生を、一瞬で色鮮やかなものに変えてしまった存在。
飢えていることにも気付けないほど、空っぽだった心を一瞬で満たしてしまった存在。

そんな存在と出逢ったあの瞬間から。
その感情の名前を知る遥か前から。
幸福でなかったときなど、瞬きの合間ほどもなかったというのに。

「アルがこうして傍にいてくれるだけで、俺は幸せだ」

お前は知らないだろう。
惰性で動いていただけだった心臓がいつ止まろうとも構わない、とさえ思っていたことを。
無意味というものの意味の重さに窒息してしまいそうだったことを。
地位と肩書きに縛り付けられ、己の名前を忘れかけていたことを。

「アルと出逢わなければ、俺は“幸福”という言葉さえ知らないままだっただろう」

「生まれて来てくれて、ありがとう」。
そう肯定された4年前のあの日、どれほど自分の生を感謝したか。
「何でもない日に特別な意味が生まれたんだよ」。
そう微笑まれた4年前のあの日、何でもない日にどれほどの意味が生まれたか。
「ハイン」。
そう呼ばれた4年前のあの日、見失いかけていた“自分”という存在をどれほど痛切に実感したか。

「俺は、お前が思っている以上に幸せだ。今、この瞬間も」

胸が痛むほどの幸福感。
飢えていた心から満ち溢れるほどの幸福感。
それを、どうすれば彼に伝えられるのだろうか、と思う。

「それこそ、“何でもない日”を祝いたくなるほどにな」
「何でもない日を?」
「あぁ、そうだ。毎日、アルと何でもない日を過ごすことができる幸福を祝いたい」

何でもない日に、生まれた。
何でもない日に、出逢った。

けれど。
何でもないその日に生まれ、出逢えたことは当たり前でも当然のことでもなく。
365分の1のその日は、紛れもなく特別な日で。
そうして、2人で過ごす365日こそ。
250兆分の1の確立で生を受けた65億人の中で出逢った2人だけが享受できるもので。

この世界で朽ちていくのを傍観するだけだったかつての自分に、教えてやりたい。
お前が意味を見出せずに持て余しているその呼吸は、その心臓の鼓動は。
“誰かのため”ではなく。
その誰かと共に過ごす“自分のため”にあるのだ、と。

「それじゃぁ、今日は1400回目の何でもない特別な日をお祝いだね」

ブラックサファイア色の瞳を細め、これ以上にないほど愛おしいものを見つめるかのようなハインリヒの眼差しを受け止める。
その真っ直ぐな眼差しに、言葉がいかに不自由なものか知ったのはいつだったか。
耳ではなく、心と呼ばれる場所に直接響いてくる音なき声が語りかけてくる。
この命はお前にとって幸いであるか、と。
自分という存在はお前にとって僅かでも幸いなものか、と。

「ハインとだから、オレはこんなにも幸せになれたことを祝して」

伸ばされてきた腕に身体を委ね、引き寄せられるまま唇を重ねる。
互いに何も纏っていない素肌が触れ合い、その熱が擽ったい。

「ハインが31年前の今日、生まれて来てくれたことも祝して」

頬を撫でるハインリヒの左手を取り、その手の薬指に嵌められている指輪に口付ける。
ハインリヒもまた同じように、アルフレードの左手を取り、薬指に嵌る揃いの指輪に唇を落とす。

古代ギリシアでは、その指には生命を司る血管が通っているとされた。
古代エジプトでは、その指には愛の血管が心臓へと繋がっているとされた。
そして、それ以前の遥か遠い昔。
神と呼ばれる者が世界を創った際、余った材料を丸めて2つに引き千切ってこの世界に落としたとき。
後にアダムとイヴと名付けられるその2つの球が最後まで繋がっていた部分とされている。

それが真実だろうがただの伝承だろうが、どうでもいい。
自分たちは確かに。
自分たちのこの指は確かに、目には見えない何かで繋がっているのだ。
左手の薬指の先端から心臓の最深部を通り、突き抜け、それはもう1つの左手の薬指へと伸びて。
そして、もう1つの心臓の最深部を通ってこの左手の薬指へと。

「今日はたくさんのことをお祝いしないとね」
「ベッドで?」
「ベッドでも」

目には見えないその何かに結び付けられるように、左手同士を繋ぐ。
そして、互いに笑みを象った唇を深く重ねた。

  46億年続いてきたこの何でもない奇蹟の日々におめでとう


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「19日はおまけをUPする!」とか言った奴、出て来い。一発殴らせろ。
と、半ば八つ当たり気味に砂糖と蜂蜜をぶっかけたら、短篇故に糖度が凝縮されて困ったことになりました。
しかも、初恋時代(←出逢ったばかりの頃)ではいちゃいちゃさせ難いから、新婚時代(←今)にしたのに、また万年筆に触れることを忘れるというね。もう、ね…(遠い目)

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