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誰がためのモラーレ 5

誑かされているのではない。
だが、惑わされているのは事実かもしれない、とハインリヒは小さく苦笑を落とした。

「ん、ハイン…」

アルフレードの極上の甘さを孕んだ吐息が耳朶を擽り、血管の中をもの凄いスピードで熱い血液が駆け抜けていくのを感じる。
息苦しさを伴うほど忙しなく拍動する心臓が、次から次へとその熱い血液を指先に送り出すのだ。

セックスを覚えたばかりの思春期の子供のようだ、と思わず微苦笑が零れる。
だが、その自嘲が空腹を訴え始めた獣の抑止力になるはずもなく。
むしろ、開き直りに近い従順さで感情に身を委ねる。

蜂蜜を垂らしたかのように甘く煌めく金糸の髪に唇を寄せ、指先で払った前髪の下に隠されていた額にも口付けを落とす。

「アル」
「ふふ、なぁに?擽ったいよ」

身を捩った拍子にふわふわと自由に遊ぶ柔らかな髪が流れ、普段は少し長めのそれに隠されている形の良い耳朶と首筋が目の前に晒される。
白くきめ細かい肌に、欲望に飢えた獣が腹を鳴らす。
そろりと手を伸ばし、指先で触れ、掌で撫でる。

その感触が擽ったかったのか。
それとも、掌から直に伝わる己の欲の熱に驚いたのか。
ぴくりと肢体が小さく跳ね、鳶色の瞳が縋るように自分を見つめる。
込み上げてくるのは、欲望。
そして、愛しさ。

「アルフレード」

再度、額に唇を落として。
次いで、蜂蜜を垂らしたように煌めく髪に。
形の良い耳朶に、首筋に、口付けていく。

「友情、思慕、誘惑、執着」
「…グリルパルツァーの詩?でも、誘惑とか執着なんてあったっけ?」

フランツ・グリルパルツァー。
大蔵省の役人を勤めながら、劇作家として多くの作品を残したオーストリアの劇詩人だ。
1819年に書かれた詩、『接吻』は中でも有名だろう。

手の上なら尊敬のキス。
額の上なら友情のキス。
頬の上なら厚意のキス。
唇の上なら愛情のキス。
瞼の上なら憧憬のキス。
掌の上なら懇願のキス。
腕と首なら欲望のキス。
その他は狂気の沙汰。

言い得て妙だ、と思わず納得してしまう彼の詩を思い浮かべ、アルフレードは首を傾げた。
髪への口付けが思慕で、耳朶への口付けが誘惑で、首筋への口付けが執着などという一文はなかったはずだ、と。

「ハインがグリルパルツァーの詩を読んでいたなんて意外だなぁ」
「いや、その詩はよく知らない」
「え?」
「キスをする場所には意味があると最近知ったんだが、22ヶ所もあるらしいぞ」
「そんなにあるの?」
「あぁ。それを聞いたときは、実に巧みに言い表している言葉だと思ったものだ」

聖書や小説を元に幾人もの文筆家たちが残してきた言葉。
愛や恋の言葉は無数にあるが、情愛の証であるキスという行為に様々な感情を添えたそれらは存外に少ない。
妙に的確なそれらが頭の中に残ってしまった、と微苦笑するハインリヒに、アルフレードは同じデザインの指輪が光る彼の左手を引き寄せた。

手の甲ならば、尊敬の口付け。
しかし、掌ならば懇願の口付け。

手という同じパーツに贈る口付けであっても、その場所が違うだけで意味が変わる。
必ずしもそうだというわけではないが、中世の騎士が跪いて王の手の甲に唇を寄せたとき、そこにあったのは忠誠心だけではなく、愛すべき王への尊敬の気持ちもあっただろう。
愛する人の掌に唇を寄せた人の眼差しには、愛する人がどうか幸せであれという願いや祈りが宿っていただろう。

(この人の全ては敬うべきもので、この人の幸せはオレの一番の願い…)

いつだって迷いなく自分に差し出され、導いてくれる大きな手。
幼い頃から探し続けてきた、自分にとっての本当の神の手。
引き寄せたハインリヒのその手の甲に。
そして、掌に、軽く唇を落とす。

節だった男らしい指の1本1本を愛おしむように触れるアルフレードのその仕草は、幼いように見えて、ひどく官能的で。
壮絶なまでの色香を放つ艶に濡れた鳶色の瞳の中に映った己の余裕がない表情に、ハインリヒは内心で嘲笑を零した。
いい歳をして、自分は一体いつまで初恋を実らせた子供のような反応をするのか、と。

性急に彼を求めようとする貪欲な獣を窘めながら、空いている右手を彼の頬に宛がう。
丸みのある頬はとうに少年の域を脱している彼の持つ妖艶さの中に、あどけなさと愛らしさを与えている。
厚意や親愛の証をそこに落とし、端整な顔立ちに並ぶ何ひとつとして欠点のないパーツの1つである鼻梁にわざとリップノイズを立てる。

「鼻へのキスは?」
「愛玩、だっただろうか」
「じゃぁ、オレも」

ハインリヒの手は握ったまま、空いていた左腕を支えにしてシーツに沈ませていた身体を僅かに浮かせ、彼がそうしたようにわざとリップノイズを立てて鼻梁に口付ける。
大切に、大切に、慈しみ、愛おしむ。
そんな気持ちを込めて。

「アル…あまり可愛いことをすると、後で泣くことになるぞ」
「いいよ。ハインの分も、オレが泣いてあげるから」

くらりとするほどの甘い芳香を放ちながら、嫣然な微笑むアルフレードにハインリヒは薄く口角を上げ、整った眉を寄せた。

何かを堪えるようなその表情は苦しげで。
しかし、ただ苦痛を堪えているものではなく。
唇よりも遥かに多くの言葉を使う饒舌なブラックサファイアの双眸が、真摯に告げてくる。
お前が愛しい、お前が欲しい、お前を感じたい、お前が堪らなく愛しい、と。

一心に、ただひたすらに、自分だけを求められる。
それは、どんなに幸福なことだろうか、と思う。

「だから、いいよ。ハイン」

空腹な獣が獲物の息の根を止めようと鋭い牙を突き立てるよりは優しく、だが、触れるというには激しく。
噛み付くように、喉元を捕えられた。
チリっとした電気が走ったかのような小さな痛みを感じ、きっとそこには鮮やかな赤い花が咲いただろう、と瞳を細める。

「っ、ん…」
「アル、」
「うん、分かっているよ。傷付けそうになったときは殴ってでも止めてくれ、でしょう?」
「…あぁ」
「大丈夫だよ。ハインの中に棲む獣になら、喜んでこの身を捧げるから」
「アル、そういうことではなく…」

彼が、万が一にも自身の手で自分を傷付けてしまうことを恐れていることは、痛いほど知っている。
何度も「そうなってもいい」と説いてきたが、彼が首を縦に振ることはないだろう。

(ハインは、優しい)

それも、生半可なものではない。
とてつもない覚悟を必要とする優しさだ。
息ができなくなるような痛みを受け入れ、耐え続ける覚悟を必要とする優しさなのだ。

ありったけの勇気を両手に、自分を傷付けた狂気でしかなかったこの行為を許したとき。
意識に反して強張る身体にどれほど「大丈夫だ」と言い聞かせて、勇気を振り絞ったか。
しかし、あのとき。
彼もまた、ありったけの勇気を持って手を伸ばしたに違いない。

そして、今も。
傷が癒えていないことを、癒えるはずのない傷があることを彼は知っているから。
傷付けたくない、傷付けてはいけない、と彼は今でも葛藤している。
己の手が凶器になる可能性に怯えて。
自分に触れるその手に僅かばかりの恐怖心が残っていることに気付いたのは、もう随分と前のことだ。

(やっぱり、この人は優しい)

荒々しく獰猛な本性を持っていたとしても、その優しさもまた真実。

「Ti amo,Heinrich」

耳ではなく、頭に。
そして、胸の中に染み渡るような声音で紡がれたアルフレードの甘い言葉は、ハインリヒの双眸を濡らす熱を煽るには十分だった。

「Ti amo」。
「愛している」、というその言葉は、愛を貴ぶ情熱の国イタリアではごく日常的に使われているかのように思われている。
映画やドラマでも多用され、イタリア語に耳馴染がなくとも、この短いフレーズを知っている者は多いだろう。
しかし、この言葉はたとえ長い年月を共に歩んできた夫婦であっても、軽々しく口にするようなものではない。
いや、容易に口にしてはいけない言葉なのだ。
神聖で、真剣で、真摯で。
そして、重たい意味を持った愛の言葉なのだ。

1音1音を噛み締めるかのように紡がれたそれに、ハインリヒは己の心臓が拍動する音を聞いた。

「…お前は一体、どこまで俺を惚れさせる気なんだ」
「ハインの中に棲んでいる獣がオレを食い尽くすくらいに、かな?」

悪戯っぽく笑んで見せるものだから、ついつられてしまう。
緩んでいる口許を指先で撫で、熟れた苺のように赤い唇の形をなぞる。
その指先に熱い吐息が触れ、身体中を駆け巡る血液が逃げ場を失ってのた打ち回っている。

迂闊に触れることを躊躇させ、静謐な神聖さを感じさせる細い肢体を組み敷きながら。
真実、捕われているのは自分の方だ、と思う。
一度知ってしまった温もりを失ったとき、自分はきっとその大きすぎる喪失感と虚無感に堪えられないに違いない。
無意識に。
いや、無意識下の意識的に、アルフレードの存在を確かめるように、首筋へ、喉元へ、鎖骨へと赤い花を散らせる。
その度に熱を上げていくアルフレードの吐息が、耳朶を犯す。

「っ、は…ん、ぅ」

鎖骨から胸に、胸から腹に、腹から腰へと唇を落としていく。
口付けの意味は順に、所有、回帰、束縛。
やはり言い得て妙だ、とそんなことを考えながら。
柔らかな腿に舌を這わせ、微かな痛みを感じるだろうほどに吸って鬱血痕を付ける。
腿への口付けの意味は、支配。
付け加えるべき主語は「彼」で、助詞は「に」。
自分が彼を支配するのではなく、支配されているのは自分なのだ。
支配欲は満たされなくとも、それがどこか心地良い。

何度も躓き、引き摺りながらも懸命に歩んできた足を包み込むように持ち上げる。
その拍子に辛うじて引っかかっていた衣服がシーツを道連れにして落ちた。
サイドチェストの上に置かれているシェードランプの淡い光の下に、教会を彩る神秘的な純白の彫像を思わせる肢体が晒される。
綺麗だ、と。
何度目にしたとしても見飽きることも見慣れることもない神聖な美しさを前に、小さく感嘆のため息を落とした。

羞恥に頬を染める物慣れないアルフレードがまた愛おしく、持ち上げた足の脛にも所有印を刻んだ。
意味は、服従。

「最愛の天使…俺だけの天使」

不遜な王だろうが全能の神だろうが、この穢れなき強く美しい存在の足元に躊躇なく跪くだろう。
いや、喜んで隷属するだろう。
そう内心でほくそ笑みながら、足の甲にそっと唇を落とす。

「はい、ん…」

権力者として君臨する王が跪き、恭しく隷属の誓いを立てるその姿はひどく厳かで。
この場に彼ら以外の者がいたならば、あまりにも神聖で神々しいまでの光景に言葉を失い、1枚の宗教画を前にしたときのように立ち竦んだだろう。
しかし、幸いにもこの場にいるのは真正の王たる男と、その男から多大な愛を注がれている青年だけ。

「ハイン、」
「アル、目を閉じるな。俺を見ていろ」

無意識に逃げるアルフレードの腰を捕え、左手はしっかりと繋いだまま、極上のドルチェを味わうように腿の内側に舌を這わせる。
堪らずにシーツを蹴る彼の様子にニヤリと口角を上げ、互いの間でふるりと小さく震える彼の熱に指を絡めた。
息を詰めるアルフレードに呼吸を促しながら、零れた蜜を掬い取る。
粘質な水音は扇情的で、窮屈だと訴える己の熱を窘めながら、腰を屈めてその先端に口付けた。
本来は苦いはずの蜜に、とてつもなく甘い芳香を感じる。

「ふ、ぅん…ぁ、や…」

耳朶を擽る甘い吐息に混じる、嬌声。
それごと味わうように、蜜を纏った熱を口に含む。
そうして蜜を零す鈴口を執拗に愛撫してやれば繋いだ手に力が入り、残されたもう片方の手がぱたぱたとシーツの上を彷徨った後、縋るように伸ばされてくる。

「ぁ、ハイン…はいん…ッ、も、それ…や、ぁ」

尊敬、厚意、懇願、欲望。
口付けに添えられた、様々な感情。
その感情を、自分は名前すら知らなかった。
必要ないと切り捨ててきたものだった。
だが、それを彼は大切そうに両手で拾い上げ、際限のない深い愛情と共に胸の奥底にある心ごと抱擁してくれた。

(この口付けの意味は…そうだな、“歓喜”だろうか)

醜い欲望をどこまでも許容し、求めれば求めだけを与えようとする健気な愛しい存在。
慣れない快感に涙を滲ませながらも、与えられる愛撫を許し。
身悶えながらも、その熱を奪おうとする自分を許す。

満たされるのは、欲望だけではない。
心の最も深い部分にある、自身ですらも触れることのできない場所が満たされるのだ。
胸を掻き毟りたくなるほどの、歓喜に。

「ぁ、はいん、はいん…ッ…ふ、ぁ…あ…あァ…っ」

奪い取った熱が、咥内に広がる。
放出の余韻に震える肢体を愛おしげに見つめ、花の蜜によく似た甘い白濁を嚥下した。


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