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誰がためのモラーレ 10

もう哀しまないで。
あなたは独りではないから、哀しまなくていいんだよ。
ねぇ、どうしてそんなに。

「……かな、し…の?」

倦怠感が纏わりつく腕を伸ばした先。
冬の海の色を宿した双眸を瞠る珍しい表情をしたハインリヒを見つけ、アルフレードは口端に微苦笑を乗せる。

それはひどくぎこちないものだったが、真っ直ぐに自分を見つめるアルフレードに、ハインリヒは自分に伸ばされてきた彼の手を取った。

「アル、アルフレード…!」
「うん?」

アルフレードの手を握り、知らず飲み込み続けていた息を吐き出す。
目を覚ましたことに。
自分を見たことに。
言い様のない安堵感が、広がっていく。

そして、同時に。
あれほど禍々しい色をしていた殺意が、何かに包まれて浄化されていく気がした。
消えるわけではない。
胸の中には確かに残っている。
ただ、その狂気に溺れそうになっていた自我が、顔を上げる。

(…一瞬で、空気が変わった)

無意識の内に、2歩、3歩と後退していたダイトは、ハインリヒを取り巻いていた怜悧な空気が鎮まっていくのを肌で感じた。
怒りそのものが鎮まったのではなく。
それはそのまま存在していながら、空気だけが変わった、と。
昏い瞳に、光が戻ったのだ。
見慣れている、彼のそれに。

(荒ぶる獣を鎮めるのは、日向か…)

日向は、癒しを与え、休息を促し、精神と牙を磨く場所となる。
こういうとき、限りなく対等であった彼らの関係は姿を変える。
どちらも等しく相手を想い、相手に依存していることに違いはない。
幼い頃から探していたという、呼べば手を差し伸べてくれる“神さま”に寄せるアルフレードの信頼と愛情は計り知れない。
だが、明らかに。
ハインリヒのそれはアルフレードのそれを遥かに超えている、と思うのだ。

休息を知らなかった獰猛な獣は、己の身体と心が疲弊に悲鳴を上げていることにも気付いてはいなかった。
酸素や水を求めるよりも深く、強く、渇望するものがあることも知らずにいた。
身体が飢えるように、心もまた飢餓を感じるものだということも。
そんな彼に惜しげもなく与えられたものは、餓死寸前だった彼の心をどれほど満たしただろう。
痛みを伴うほどのその甘露に。
彼自身が持て余すほどの激情をそのまま丸ごと抱擁してしまう、この青年に。
彼の心は、一体どれほど救われただろう。

(いつだったか、生きる意味だと言っていたな)

生まれてきた理由。
生きる意味。
己が存在する意義。

青年のことを、生命の根源、とまで言い切った男を見やる。

(誰もが、そんな存在と出逢えるわけではない)

たとえば、何者かによって予め定められていた2人の道が決して交わらないものだったとしても。
彼らは出逢っていただろう、と思う。
安寧の道を捨て、荊の中を裸足で進むことになったとしても。
彼らは、交わる道を探し続け、出逢い、誇らしげに言うだろう。
これが運命だ、と。

(だから、そういう2人を引き離すことなんて神サマでもできはしないだろう)

いや、させて堪るか。
強大な権力が彼らに刃を向けるのならば、彼らの盾となろう。
何者かが彼らの道行を阻むのならば、彼らの剣となろう。

(互いのために戦う彼らを護るために、俺は戦うと決めたのだから)

ようやく見つけた、光なのだ。
暗闇の中に落ちて見失っていた意義を照らし出した光。
一度は失くしてしまった意味を再び齎した光。
忘れかけていた思い出を鮮やかに色付かせ、絶望に汚れた誇りを輝かせた光。

彼らは、希望の光。
希望そのもの。
それを失ってなるものか、とダイトは己の決意を確かめるように、白衣のポケットの中で拳を握りしめた。




そう。
それは、まさに希望。
もがいたところで何かが変わるでもなく、足掻いたところで道が見つかるでもなく。
諦めていたこの世界に差し込んだ、一筋の光。

「ですから、それを失うときは私も共に」

感情の無い冷徹な人形のような男。
そう称されていたのを聞いたのは、いつだったか。
彼を人形だと揶揄ったその者に、見せてやりたい、と思う。
この感情的で情熱的なボトルグリーンの瞳をした男の姿を。

「地位を捨てるほどの価値が彼にあると?」
「“彼らに”、です。私が膝を折り、傅く主は彼らしかありえない」

全身全霊を賭け、護りたい存在。
誠心誠意を込め、想う存在。
地位も権力も金も、それの前では何の意味も持たない。

そんな存在なのだ、と饒舌な瞳が言う。

「…君にそこまで想わせる理由を、聞いてもいいかい?」
「理由などありません。そもそも、必要がありません」
「それでは、答えになっていない」
「明確な回答など無意味です」

“出逢った”。
それが全てです、と静かに続けたフルアに、ケイルは内心でほくそ笑んだ。
あぁ、彼らを選んだ己の眼は間違ってはいなかった、と。

彼は決して私情を露わにすることもなく、影のように音もなく従っていた。
眼鏡の奥に潜む瞳はひどく繊細に物事を観察しているというのに、その実、目の前にある世界とは関係のないただの傍観者であるかのような眼をしていた。
感情を滲ませた声音など、聞いたことがなかった。
しかし、今。
そんな彼の声音は熱を帯び、真っ直ぐに射抜いてくる眼の中には炎が見えた。

「君は、己が認めた主が同性を伴侶に選んだことに抵抗はなかったのかい?」
「無礼を承知で申し上げますが、それは愚問です」
「己の主が選ぶものに間違いはない、と?」
「いいえ。私が、それを正しいと判断したからです」

激しい雨の降る夜。
傘も差さずに車から飛び降り、路地に倒れていた青年に彼が手を差し伸べたあの瞬間。
他者を他者としてすら認識していなかった彼の行動に驚きながらも、どこか心の奥では確信していた。

飼ったこともない猫を拾って持て余す不器用な人間のように。
誰かを想ったことのない男が、それでも誰かを大切にしようと臆病になりながらも懸命に勇気を振り絞って手を伸ばしたのを見た、あの瞬間に。
あぁ、出逢うべくして出逢う者たちは確かに居る、と。

「神の教えには背くでしょう。万人に祝福などされない。ですが、彼らはそれでいいと言うのです」
「……」
「神に、万人に否定されようとも。互いを互いに肯定するからそれでいい、と」
「しかし、それは利己的だと思わないかね?」
「己の命にさえ執着していなかった男が、他者の命に執着した。それは、どれほど奇蹟的なことでしょうか」

臆することなく言い切ってみせたフルアに、ケイルはポーカーフェイスの下に隠していた笑みを口端に乗せた。

「奇蹟的、か。全くその通りだ」
「はい?」
「君を試させてもらったよ。すまないね」
「?」
「彼らに最も近く、全てを見てきたであろう君の言葉が聞きたかった」

まさか、こんなものが出てくるとは思わなかったが。
そう言い、ケイルはデスクの上に置かれたままになっていた書状を手にする。

「辞職願を出されるのは想定外だったよ」
「……」
「恐らく、彼もすでに書いてあるのだろう?」
「……」
「それも、昨日今日書いたものではない。そうだな…あの子を護る覚悟をしたときにでも書いたのだろう」
「…我々の、覚悟のひとつです」

権力は武器になる。
地位は盾になる。
護るべきものを護るための戦いには、必要なものだ。

しかし、それが柵となり、あるいは凶器そのものとなる可能性はゼロではない。
万が一にも、護るために握った武器が護るべきものを傷付ける武器になったときは、それを捨てる。
躊躇も未練もなく。
彼らの為であって、彼らの為だけにではなく。
彼らと出逢い、共に歩む己自身の誇りを護る為に。
不必要なものは捨てよう。

主が促したわけでも、誰かが言い出したわけでもない。
誰からともなく、各々の覚悟を示すかのように。
己の覚悟を書き記したそれを、誇らしげに机の中に忍ばせるようになったのはいつからだったか。

「…私たちはみな、“何か”を探していました。見つからない、見つかるはずがない、と諦めながら…それでも」

己の全てを賭け、注ぎ込み、向き合える“何か”を探していた。
しかし、見つからないもどかしさや歯痒さに苛まれ、激しい虚無感に襲われ、やがて、感情に左右されることすら億劫になっていた。
そうしていつしか、惰性で動いているだけの心臓などいつ止まってもいいとさえ思うようになっていた。

グラースもまた、己の全てを捧げるに足る“何か”を探していた。
理想と現実のギャップに苦しみながら、理不尽な命令に奥歯を噛みしめ、その拳を虚空に振るっていたという。
掟に雁字搦めにされ、手離したくなかったものを見捨て、意志に反した行動に苦しみ続けていた。

そして、彼も。
誰もが望むものを尽く手に入れていながら、その手の中は空だった。

「無意識に探し続けていました。激しい痛みを伴う虚無感を胸に抱きながら…」

苦しかった。
痛かった。
それでも、探していた。
そうして、見つけた。

「確かに、多くの場合において彼らの関係は非難されるでしょう。しかし、そんなくだらない雑音に惑わされるような、生半可な覚悟ではありません」

傍で、見てきた。
傷付けることを恐れ、伸ばした手を何度も引き戻し、もどかしさに身を焦がしていたことも。
ありったけの勇気を掻き集め、傷付け合うことを許容し、恐怖を感じるほどの幸福を享受していることも。
ときに与え合うように、ときに奪い合うように、深甚に愛し合っていることも。
神聖な領域のように、他者が迂闊に土足で入り込んではいけないような純粋で強靭な想いを抱き合っていることも。
他者にも、真に神と呼ばれる者にでさえ、切ることのできない強い糸で結ばれていることも。
見てきた。
知っている。

「どんな状況に居たとしても、どんな場所に居たとしても、彼らには互いの声が聞こえるのです」
「……」
「それほどに想い合う2人を、どうして否定できるでしょうか」

誰にも否定はさせない、とでも言うかのような鋭い瞳に射抜かれる。
敵意にも似た色をそこに見つけ、ケイルはそっと口端の笑みを深くした。

己の主の上に立つ自分にすら、牙を剥くというのか。
たった2人の為に。
2人に傅くことを誇りに思う自分自身の為に。

たとえそれが誰であれ。
とてつもなく強大な敵であれ、彼らは躊躇なく剣を向けるのだろう。

「やはり、私の選択は間違ってなどいなかった。彼もまた、間違ってはいない。そうは思いませんか、みなさん?」
「はい?」

好々爺然とした笑みを浮かべるケイルを訝しげに見やれば、デスクの上に開かれていたノートパソコンの画面をこちらに向けられる。
そこには、俗に“経営陣”と呼ばれる者たちが映っていた。

執行役会の幹部たち。
監査役会の役員たち。
そして。
筆頭株主であるマルクス・バウアー。
社外監査役のヴァルター・フィルツ。

「…会長、これは…」
「公式的な場ではなく、あくまでも私との個人的な会話の中で君たちの本心を知りたかった」
「……」
「エアハルト君が居ない今が、ある意味ではチャンスだった」
「会長…」
「君たちはいつだって影であろうとするからね。彼が居ない今だからこそ、聞きたかったんだよ」

秘書でも護衛でも部下でもなく。
一個人としての想いを。

「かつての君たちは、私情を口にすることはなかった。エアハルト君を守るためであれ、そこに個人的な感情を見せることはしなかった」

しかし、彼らは今、間違いなく主観で意見を口にし、行動している。
彼らの為に。
そして、己の為に。

それをエゴだと言う者もいるだろう。
だが、覚悟を胸に宿したそれをただのエゴだと言ってしまうのはあまりにも横暴だ。
物事の本質を無視した、それこそ利己的な批判だ。

「我が社に、そして、エアハルト君に損害を与えるものを排除するのは当然のこと」
「はい」
「しかし、君たちがそれほどまでに私情を露わにしてまで護ろうとしているのは、我が社の利害には全く関係のない青年だ」
「…はい」
「君たちは、彼がエアハルト君の選んだ存在だから護ろうとしているのかい?」
「いいえ。それは違います」
「青年が青年だから、護ろうとしているのかい?」
「はい、そうです」
「その理由を、私は彼らにも知って欲しかったんだ」

人は、多くの人と出会い、別れ、そして出会いながら生きている。
その中のたった1人に過ぎない青年が、どれほどの意味を持った存在なのか。
それを正しく知って欲しかった、とケイルはノートパソコンのディスプレイに視線を移した。

「だから全てを受け入れろ、と言うつもりはありません。ただ、それでも彼らの選択を否定なさるのであれば、まずは彼らを選択した私を咎めるべきだとは思いませんか?」

柔和な笑みを口端に乗せ、しかし、眼差しは王者のそれで。
ノートパソコンに内臓されているカメラに向かうケイルに、フルアは瞠目した。
まさか、咎められこそすれ、庇われるとは、と。

「護るべきものを持たない王の国は、やがて滅びると歴史は語っています」

他者の痛みを理解できない者に、他者を導く傲慢は許されない。
他者の苦しみを共有できない者に、頂点に君臨する驕慢は許されない。
あわよくば権力を手にし、豪奢な椅子に腰かけられたとしても。
力のみでは、人は従わない。
その王に従いたいと自ら膝を折り、頭垂れる忠臣など居るはずもない。
王が玉座を去るときは共に、と願わせることなど決してできはしない。

「護るべきものを持った者は、強い」

靭くなろうとすることで、靭くなれる。
挫け、躓き、倒れ、傷だらけになろうとも、前を見据えて歩んで行ける者を待つのは、光だ。

「共に信じてはいただけませんか。彼らはより高みへと歩んで行ける、と」

たとえそれが、誤まった道だったとしても。
たとえそれが、万人から否定される道だったとしても。

「彼らならば、神の祝福を得られると私は信じています」

多くの人は、無くしたときにそれがいかに尊く大切なものだったのか気付く。
だが、彼らは勇気を持って喪失の恐怖に立ち向かい、真に大切なものを手に入れた。
その靭ささえあれば、きっと。
きっと、どんなに過酷な荊の道でも真っ直ぐに歩んで行ける。
そうして、その頭上からは光の祝福が降り注ぐだろう。

画面の向こうに集められた者たちにそう語りかける口調はひどく穏やかなものでありながら。
同時に、ひどく力強いものだった。
それは、一切の偽りも迷いもなく、自分たちを信じているからこそのもの。
金にも地位にも権力にも興味などない己の上司が、何故、この男の手を取ったのか。
それが、分かった気がした。

「信じていただけるのであれば、臨時総会は日を改めましょう。彼らはまだ、護るべきもののために戦わなければいけない」

今、誰よりも懸命に戦っているだろうあの青年と共に。

「それでもなお彼らの道行を阻むのだとしたら、それ相応の覚悟をしていただきましょう」

彼らのように、と。
フルアに向けて微かに微笑み、そして、ケイルは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる者を見据えた。

「もしも彼らと戦う覚悟があるのならば、戦えばいい」

挑発的とも取れるケイルの言葉の中に、フルアは微かな怒りを感じた。
あぁ、この人もそうなのか、と思う。
己が選び、己が肯定する存在を否定され、傷付けられたことに深く怒っている。
ポーカーフェイスの分厚い仮面に隠されているだけで。
必死に抑え込んでいるだけで。
激しい憤怒を抱え込んでいるのだろう。

それほどに愚かな過ちを犯したことに気付いていない者の視線を感じ、フルアもまたディスプレイに視線をやった。
画面越しに絡んだそれから伝わってくるのは、憎悪。
明確な拒絶、批判、嫌悪、敵意。
それとは気付かれない程度に、フルアは口端を上げた。
愚かな敵を、嘲笑うかのように。


Prossimo


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