誰がためのモラーレ おまけ

「先生、もっと優しく!」
「はいはい。ほらよー」
「もー、どうしてそんなに意地悪するんですか!」
「意地悪じゃねぇよ。遊んでいるだけだ」
「患者さんで遊んじゃダメです!」

ぐりぐりと消毒液を染み込ませたコットンを押し付けられながら、ハインリヒは思わず苦笑した。
いささか…いや、どう見ても乱暴な手つきの医師から護ろうと、カウチに座る自分を背後から抱きしめてくるアルフレードの腕をとんとん、と撫でる。

「アル、そんな顔をするな。もう大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ。ほら、まだちょっと痣が…。もう、どんな力で殴ったんですか、先生!」
「軽くだぞ、軽く」
「軽く殴った程度だったら、もっと早く治っています」
「もうガーゼを当てる必要はないな」
「口の中も切れていたから、食べ物も飲み物も沁みるみたいでとっても可哀想だったんですからね」
「そーかそーか。ほれ、絆創膏。お前が貼ってやれ」

親子のような微笑ましい会話に微苦笑を零してしまう。
血は繋がっていないくとも、彼らは確かに家族なのだ。
息子だ、と公言しているダイトにとって、アルフレードは本当に大切な“家族”。
そして、アルフレードにとっても。
辛い記憶を共有し、あるいは、彼自身が抱えきれなかったものを背負ってくれている彼は父や母に似た存在なのだろう。

「ハイン、こっち向いて」
「ん」
「…はい、貼れたよ。早く良くなりますように」

口端に貼られた絆創膏の上を労わるように撫でるアルフレードを抱きしめたい衝動に駆られながら、行き場を求める手をとりあえず彼の柔らかな金糸の髪に運ぶ。
くしゃりと撫でてやれば、ふにゃりと笑みを浮かべて見せる彼につられる。

この笑顔を失わなくてよかった、と心から思う。
翳ることなく、いつか見たような感情を押し隠すためのものでもなく。
純粋な、笑顔。

彼が。
そして、彼を大切に想ってきたダイトが、何よりも取り戻したいと願っていたもの。
深い傷を負ったアルフレードの命を決して諦めずに、再び歩んで行けると信じてきた人だ。
彼はアルフレードに救われたと言うが、自分にとっては、最愛の存在を護ってきた感謝すべき人。
もし、彼がアルフレードを諦めていたら。
アルフレードを信じることを諦めていたら。
自分は、彼と出逢うことができなかったかもしれないのだから。

アルフレードに出逢い、そして、知ったのだ。
出会えてよかったと思える存在は、彼だけではなかった。
存外に身近にも居る、と。

「ドクター、」
「何だよ。わざと沁みる消毒液を使っていたことの苦情は受付けねぇぞ」
「先生!そんなことしていたんですか!?ハインが可哀想でしょ!」
「だってよぉー」
「だってじゃありません。ハインをいじめたら、先生でも怒りますからね」

膨らませた頬をぷいっと背けているアルフレードの愛らしい仕草に笑みを誘われながら、息子同然に慈しみ、見守ってきた青年を見るダイトの瞳の中に安堵の色を見つける。

「歯が折れていたらどうするんですか」
「お、それ面白そうだな。間抜けそうで」
「先生!」

じゃれている2人に、ハインリヒもまた安堵する。
この光景も大切なものだと知ったから、失われなくてよかった、と。

カウチから腰を上げ、いまだ戯れている親子に微苦笑を落としてから、再度「ドクター」と呼びかける。
常と変らないはずの声音の中に何か違和感を見つけたのか、アルフレードがきょとんとした顔で視線を向けてきた。
本当に彼には、長年培ってきたポーカーフェイスも通用しない。
平静を偽る仮面など、彼の前では何の意味もないのだ。
それを誇らしく、そして、愛しく感じながら、ハインリヒはダイトと向き合った。

「ありがとうございました」

つい数日前、己の部下にそうしたように。
腰を折り、頭を下げる。
ダイトだけではなく、アルフレードの驚く気配をも感じながら静かに顔を上げれば、濃灰色の瞳を見開いているダイトのそれと視線が合う。
しかし、彼はすぐに表情を戻し、口端をくっと上げた。
感謝の言葉が、治療に対するものではないと彼には伝わったのだろう。
アルフレードに向けられているところをよく見る穏やかな眼差しが、自分にも向けられる。

「お前、やっぱりイイ男だよ」
「この傷のおかげで」
「ははっ!男前度が上がってよかったな」

目の前のやり取りについていけず、首を傾げているアルフレードの幼い表情にダイトと顔を見合わせ、小さく笑う。
そして、思う。
アルフレードを護るためならば、自分は一切の躊躇なく、迷うこともなく、あらゆるものを犠牲にするだろう。
彼を大切に想う者たちから、その者たちが傷付くと分かっていながら、彼を奪うだろう。
だが、彼を大切に想う者たちが護りたいと願っているものも護りたい、と。
アルフレードの笑顔を、2人で歩む道行に幸いを願ってくれる全ての者の祈りも。
願わくば、何ひとつ取り零すことなく。

「アル」
「え?な、なぁに?」
「お前に出逢えてよかった」

ダイトが眉を寄せ、何かを堪えるように微笑むのを視界の端に入れながら、アルフレードに手を伸ばす。
誰かに差し出すことを知らなかった手。
虚空を掴むことすら諦め、それでも、無意識に存在意義を探していた手。
甘い痛みもあることを、深い哀しみは痛みを伴うものだということを教えた存在に、その手を伸ばす。

溢れる愛しさに突き動かされるまま、差し出した手をしっかりと握り返してきたアルフレードを抱きしめる。
突然のことに驚きながらも、そろりと背中に回された腕の温もりに言いようのない歓喜が込み上げてくる。

「ありがとう、アル」

彼と出逢わなければ知り得なかった感情を、改めて胸にしめる。
飢えていたことに気付けぬほどの飢餓に喘いでいた心が。
日向で享受する微睡みのような穏やかな温もりに満ち足りているのを、感じた。

  己ガ為デハ無ク誰ガ為ニ、祈ル意味ヲ


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***
アルを護るのは、ハインにとって「自分のため」。
あくまで、アルのためではない。
でも、「アルを想う周囲の人間のため」ではある。

…っていうことを書こうと思っていたらこうなった。おかしいな。想定外だ。

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