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バッカナールに愛の旋律を添えて Parte superiore

黒炭の艶やかな黒髪から、水が滴り落ちる。
首筋を伝い、適度に鍛えられた厚い胸板を流れていくそれを、アルフレードは綺麗だと思った。
芸術家が心血を注ぎ、命を与えた彫像のようだ、と。

胸から腹にかけて描かれる筋肉の隆起は、古代ギリシア時代が遺した彫刻のそれに似ている。
猛々しく、しなやかで、一切の無駄がない。
純粋なまでに追究され、完璧な計算の元で造られた美しさだ。

(多分、本当の神さまってこういう綺麗な存在なんだろうなぁ)

容姿だけではない。
勇敢で、厳しく、優しく、冷たく、温かく、冷酷で、穏やかで。
あらゆるものを突き放す残酷さの中に、何もかもを抱擁する海容さを持つ存在。
真に神と呼ばれる者が存在するのだとしたら。
きっと、彼によく似たそういう人のことを言うのだろう、とアルフレードは小さくほくそ笑んだ。

そして、乱暴な手つきで濡れた髪をタオルで拭っている彼を。
シャワーを浴びてリビングに戻ってきたハインリヒを呼ぶ。

「ハイン」
「何だ?」
「もっと丁寧に拭かないと、髪が痛んじゃうよ」

ミネラルウォーターを求め、ミニバーにある冷蔵庫に足を向けていたハインリヒは自分を呼び止め、カウンターキッチンの中でくすくすと笑っているアルフレードに肩を竦めてみせた。

「お前の髪ならともかく、俺のに構う必要はないさ」
「ダメだよ。だって、オレはハインの髪も好きだもん」

片手でガシガシと髪の水分を拭っていた手を止め、ハインリヒは徐に足の向きを変える。
そこはかつて、食器すらない無機質な空間だった。
だが今は、2人分の食器と様々な調理器具が並んでいるキッチンに向かう。

夜食の準備をしていた手を止め、どうしたの、と首を傾げるアルフレードの背後に立ち、その細い腰に両腕を回す。
すっぽりと腕の中に収まるサイズに妙な心地良さを感じながら、サラダのドレッシングを作っていたらしい彼の手元に視線を落とした。

「フルーツサラダか」
「そうだよ。今日は会食だったから、胃も疲れているでしょう?」
「そのグレープフルーツのようなものは何だ?」
「これ?これはオロブランコだよ。グレープフルーツとブンタンの掛け合わせの子」
「へぇ。そんなものがあるのか」
「スウィーティーって呼ぶ方が一般的かな」

ついでに味見してみて、とオロブランコを差し出され、ぱくりと口に含む。
会食で訪れた高級ホテルの一流レストランで出された豪華絢爛な料理よりも、オロブランコに絡められたシンプルな味付けのドレッシングの方が遥かに美味しいと感じる。
空腹を満たすためのものではなく、心を満たす味だ。
自分を想い、自分のために作られたものだからこそ、満たされる味。

食事という行為がただの生命活動の一環でしかなかった頃、どんな高級な料理でも心が満たされたと感じたことは一度もなかった。
無味無臭なスポンジを食んでいるかのようだった。
食事という行為を無意味だとさえ思っていた。
何故、そう感じていたのか。
その理由が、分かった気がした。

ドレッシングの付いていたアルフレードの指先をぺろりと舐め、いまだにそんな些細な戯れに初心な反応を見せる彼に内心で小さく笑う。

「そういう悪戯する悪い子は夜食抜きだよ」

覆い被さるように背後から抱きしめてくるハインリヒを見上げ、熱を持って赤くなっている耳を軽く食んで遊んでいる彼の鼻を摘まむ。
降参、と言うかのように苦笑する彼のまだ湿っている髪に手を伸ばし、指に絡める。
これが自分のこととなればいささか過保護なほどに、「風邪を引いたらどうする」と言うだろうに。
己のことには無頓着な彼の首に掛かっていたタオルを抜き取り、襟足から滴り落ちる雫を拭う。

「部屋の中は暖かいけど、早く上も服を着ないと風邪引くよ」
「今着ても、濡れるだろう?」
「分かっているなら、もっとちゃんと拭いてから出ておいでよ。もー、大きな子どもみたいなんだから」

丁寧な手つきで髪を拭うアルフレードに頭を預ける。
ソファの上に新しいシャツを出してあるから、と言う彼の楽しげな声に、こういうのも悪くはない、と思う。

やれないのとやらないのとでは大きな違いがある。
どちらかと問われれば、ハインリヒは「やらない」だけ。
「やれない」わけではない。
身の回りのことも当然。
たとえば、スーツをセットすることだったり、必要最低限の健康管理だったり。
執着や頓着がないだけであって、上等なスーツを完璧に纏い、地位や肩書きに相応しい“自分”という形を作ることは容易い。
だが、繕い偽る必要のない無防備な姿を晒し、「やれる」ことをあえて「やらない」という甘えも悪くはない、と。

アルフレードもまた、それを分かっているのだろう。
聡明な彼のことだ。
甘えられていることに気付き、だからこそ、自分を甘やかしている。
そして、甘やかすことを楽しんでいる。
甘やかされることを楽しんでいる自分のように。

「よし、少しは乾いたかな。立ったままでいると疲れちゃうでしょう?ソファに行こうか」
「運ぶものは?」
「じゃぁ、冷蔵庫の中にトマトソースが入っているから、それとこのサラダをお願いしようかな」
「あぁ、これだな」
「オレはバゲットと取り分ける用のお皿を持って行くね」

それぞれの手にトレーを持ち、キッチンを出る。
リビングに光を招く大きな窓の向こうに広がる空は分厚い雲に覆われ、月も星も見えない。
深い夜に沈む街には明かりもなく、耳に痛いほどの静寂が落ちている。
だが、ガラス1枚で隔絶されたこの空間は、別の次元にある世界のように表情が違う。
ひどく穏やかな空気に包まれている気がするのは、気のせいだろうか。
たとえ外が嵐でも、ここには日向が集うに違いない、と互いに思うのだ。
場所ではなく、“此処”には。
彼の傍には、と。

隙間を許さないかのようにぴたりと寄り添い、ソファに腰を下ろす。
呼吸を、体温さえも感じられる距離。
それが愛おしいものだと知ったのは随分と前のこと。
その気持ちは募るばかりで、よく飽きないものだ、と呆れてしまうほどに降り重なる。

「大丈夫?」
「ん?」
「ちょっと疲れた顔しているよ」
「あぁ、さすがに疲れたな」

疲労など感じないとでも言うかのように、背筋を伸ばして前だけを見据えている男の口から零れた言葉に、アルフレードはそっと笑みを刷いた。
人を導く立場にあることがそうさせるのか。
あるいは、疲れた身体を休めるということ自体を知らなかったのか。
自分の限界を知っているが故に、彼は限界ギリギリまで表情ひとつ変えることなく、たとえ傍にいるのが長い付き合いのある右腕だろうと、隙を見せることをしない。
そんな男が、ソファに身体を沈め、湿っている前髪を片手で掻き上げながら小さく息を吐き出している。
感情を曝け出したその無防備な姿に、優越感に満たされる。

自分だけが見ることのできる彼の姿。
自分にだけ見ることを許された彼の素顔。
彼にとっては当然のようなその行為が、どれほど自分を幸福にしているか。
彼は気付いていないだろう、と内心でほくそ笑む。

「お疲れなハインにサラダを食べさせてあげるね」
「…そんな可愛い顔をされたら、サラダどころじゃなくなるな」
「え?なぁに?」
「いや、何でもない」

フォークを口許に運んでくるアルフレードの腰を捕え、素直に口を開ける。
「美味しい?」と首を傾げて問うてくる様は幼く微笑ましいもので。
その穏やかな雰囲気に、張り詰め続けて凝り固まっていた神経が解れていく。
そしてようやく、身体も心も疲弊していたのだと気付く。

「…お前は本当に癒しの天使だな」
「え?もう、またそれ?恥ずかしいから、真顔で言わないでよ」
「事実を言ったまでだ」

恥ずかしがることはない、と言うハインリヒに、アルフレードは微苦笑を零す。
とうに成人している男に“天使”という形容詞は使わないのが普通だ、と反論したところで、彼は臆面もなく「可愛いから問題ない」と返してくるだろう。
一体、彼の瞳に自分はどう映っているのだろうかと思いながら、小皿に取り分けたサラダに視線を落とす。

耳まで赤く染め、視線を逸らすそんな初心な反応を見せるアルフレードに忍び笑い、黙々と差し出されるフルーツを口に放り込んでいく。
しかし、ふと。
アルフレードの手が止まる。
どうしたのだろう、と彼を見れば、鳶色の瞳と視線が交わる。

「アル?」
「日付、変わった?」
「日付?あぁ、変わったな」
「ちょっと待ってて」

ぱっと立ち上がってキッチンに小走りで向かう後ろ姿を半ば呆然と見送り、ハインリヒは首を傾げた。
だが、その疑問はすぐに解決することになる。

「Buon San Valentino.」

アルフレードが紡ぐイタリア語の音は、耳に心地良い。
だからこそ、意味ではなく、その音に意識を傾けていたハインリヒは一瞬反応が遅れた。
ひどく甘い音の羅列に、思わず目を瞠る。
差し出された箱を反射的に受け取り、自分の隣にぴったりと寄り添うように再び腰を下ろしたアルフレードを見やる。

「オレからのウァレンティヌスの贈り物」
「…あぁ、だから日付を」
「うん。14日になったらすぐに渡したかったんだ」
「そうか。ありがとう」
「オレの方こそ、オレの我がままでお休みを取ってくれてありがとう」

アルフレードから珍しく強請れた贈り物は、“時間”。
元よりそのつもりではあったが、「ハインと一緒に過ごしたい」と随分と可愛らしい願いを是が非でも叶えてやりたいと思うのは当然だろう。
多少の、いや、通常の倍以上の執務をこなして何とか休暇を克ち得たが、よくやったと自分を褒めてやりたい、とつくづく思う。
この笑顔を見るためだったのなら、無理も無茶も有意義だった、と。

「開けてもいいか?」
「うん」

ラッピングを丁寧に解き、包装紙に包まれていた箱を取り出す。
随分と重みのあるそれの蓋を開ければ、そこには見慣れたものが収められていた。

「ボウモア…25年ものか」
「ハインはお酒なら何でも飲むけど、それが一番好きでしょ」
「言ったことがあったか?」
「ないよ。でも、分かるよ。ハインのことだもん」

悪戯を成功させた子どものような無邪気な笑みを向けられ、苦笑で返す。
参ったな、と内心で天井を仰ぎ、隠し持っていたらしいロックグラスを差し出してくるアルフレードを強く抱きしめてしまいたい衝動を抑える。

思いつきではなく、自分が帰宅する前から準備されていたのだろう。
キッチンにプレゼントを隠し、すぐに出せるようにと氷を入れた状態のロックグラスを用意している姿が容易に目に浮かぶ。
自分のために、というその想いが何よりも嬉しい。

「ありがとう、アル」

酌をするつもりらしく、子どものような好奇心を弾ませる笑みを向けてくるアルフレードにグラスを傾ける。
上等な琥珀を思わせる液体が注がれ、芳醇な香りが鼻腔を擽った。
一口含めば、純度の高いアルコールが喉を焼く。
臓腑に染み渡っていくそれを美味いと感じるようになったのは、いつからだったか。
遥か以前のようで、最近のことだったようにも思う。

こくり、と嚥下される様を横から見つめていたアルフレードは、そっと唇に微笑を乗せた。
そして、徐に腕を伸ばす。
ハインリヒの首に腕を回し、ブラックサファイア色の瞳が「どうした」と問うてくるのには応えずに。
緩い弧を描いたままの唇を、彼のそれに重ねた。

(ちょっと苦いけど、ハインの味だ)

煙草に酒が混じった独特のほろ苦さが鼻腔を抜けていく。
すかさず背中に回された彼の掌の温もりを感じながら、アルフレードは舌先をハインリヒの口内に滑り込ませた。
その瞬間、花の芳香にも似た甘味を感じたのはどちらが先だったか。

(…チョコレート?)

グラスと同じように隠し持っていたらしいそれを、いつの間に口に含んだのか。
酒の苦みを打ち消すのではなく、尊重するようなささやかな甘みのあるビターチョコレート。
いつまで経っても拙いが、自分の動きを真似ているアルフレードにハインリヒは内心で勘弁してくれと白旗を掲げる。
口内にあった酒の味とアルフレードに分け与えられているチョコレートの味は見事に調和し、極上のドルチェを食べているかのような錯覚に陥る。
いや、まさにその通りなのかもしれない。
極上の酒と極上のチョコレート。
そして、極上の口付け。

そろそろイニシアチブを自分に譲ってもらってもいいだろうか、と片手でアルフレードの背中を支えながら、もう片手で金糸の髪を撫でる。
アルフレードからチョコレートの欠片を奪い取り、唇を離す。

「ん、はふ…美味しかった?」
「…あぁ、これ以上にないほど」
「よかった。ウィスキーはチョコレートに合うんだって。だから、これもウァレンティヌスの贈り物ね」

老舗チョコレート店のロゴが印字された箱には、一口サイズのチョコレートが5個並んでいた。
1個分のスペースが空いているということは、元は6個入っていたのだろう。
そして、消えた1個はすでに自分の口の中。

「お前は全く…こんなこと、どこで覚えてくるんだ」
「うん?あのね、お店でこのウィスキーならビターチョコレートが合いますよって教えてくれたの」
「いや、そのことではなくて…」

額に掌を当て、息を吐き出す。
この愛らしい生き物を愛でずにいられるほど自分は出来た人間ではない、と言い訳をひとつそこに混ぜて。

「太陽が昇ったら、俺はお前にやる。だから、それまではアルが欲しい」

アルフレードの返事を待つ余裕などすでになく。
獣が獲物に食らいつくように、深く口付けた。


Prossimo


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