Fliegerei

指先に触れた体温に安堵していることに気付き、内心で苦笑する。
まだ怯えているのか、と。

(…アルは、“ここ”に居る……)

穏やかな寝息を立てている彼の頬を撫で、その手で金糸の柔らかな髪を梳く。
まるで、触れているものが何であるかを確認するかのように。
己のその行動に。
頭での理解とは乖離した己の何かが、彼の存在を確かめていることに。
またひとつ、苦笑を零す。

「アル…」

酷く弱々しい声音が凪いでいた空気を震わせ、耳に届く。
一瞬、それが自分の呟いた声だと信じられなかった。
だが、確かに自分のそれで。
情けない、と自嘲せずにはいられない。

枕元に腰を下ろし、頬に影を作るほど長い睫が伏せられているアルフレードの端整な寝顔を見つめる。
穏やかな寝顔だ。
だが、当たり前のようなこの光景も、つい数年前には当たり前ではなかった。
悪夢に魘され、眠りの中にありながら何かに怯え、涙を流す姿を幾度見てきただろうか。
だからこそ、今目の前のある光景に、心が騒ぐ。

「…居なく、なるなよ…」

彼の吐息が指先に触れる。
あまりにも儚いそれが消えてしまうのでは、と焦燥に駆られていた頃を思い出す。
視線を逸らしたその瞬間に、彼ははじめからそこにはなかった存在かのように跡形もなく消えてしまうのではないか、と。
何の未練も気配も、それこそ、共有した時間さえ尽く道連れにして消えてしまいそうな。
そんな儚さと危うさを纏っていた。

いや、今もまだ。
ふとした瞬間に、恐怖に駆られることがある。
“此処”ではない“何処か”へ引き摺りこまれる姿を、幾度と目にしているのだから。

「頼むから…」

幼子や仔猫が温もりを求めて擦り寄ってくるように、彼の細い手が俺の手を握る。
伝わる体温に、心臓が締め付けられた。
その痛みが、生きていることを教える。
彼が、ではなく。
俺自身が。

「アルフレード、」

命を生かすのは、酸素と栄養だけではない。
その命が生きていることを確乎たるものにする存在があってこそ、生は生き始める。
名前も温もりも愛情も与えられなかったとしたら、人は飢餓を感じる前に心の飢えで死ぬ。
彼と出逢う前の俺はまさに、心の飢えに気付かぬまま徐々に感覚が壊死していくだけの道を歩いていた。

そんな俺の乾いた命に水を与え、光を差し伸べ、飢えを満たしたのは。
豪華な料理でも、莫大な金でも、強大な権力でも、立派な地位でも、大いなる名誉でもなく。
アルフレードというたった1人の青年だった。

だからこそ、自覚している。
彼を喪ったら俺は、水と光を奪われた植物のように渇きと飢えで生きてはいけない、と。

「俺を、置いていくな…」

“此処”ではない“何処か”へ行くことを彼が本心から望むのならば、躊躇はない。
そこが奈落の底だろうが、地獄の最果てだろうが、共に行こう。
罪過など恐れるに足るものではないのだ。

「何処までも、共に」

彼がそれを望まなくとも。
飛ぶのならば、どこまでも飛ぼう。
墜ちるのならば、どこまで墜ちよう。
ひどく穏やかに眠る彼の唇に、誓いの口付けを落とした。

  君と僕の精神飛行高度が重なるとき


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***
上から見れば一直線上に重なってるけど、実は根本的なところが物凄く擦れ違ってる。
アルとハインはそんな感じ。

見事に交わっている部分もあるけれど、1万フィートくらいの高低差がある部分もある。
でも、それは「重ならない」ものじゃなくて、
互いが安全に航行できる距離を保っている飛行機のように、「重ねてはいけないもの」に近いもの。
相互に依存しながらも、精神的に自立するために必要な高低差。
だから、彼らはどちらかが倒れても引きずられることなくちゃんと立っていられる。

的なことを書いてみたかった。

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05

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