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ブラマインティマの花束を添えて Parte inferiore

洗剤の香りが鼻腔を掠め、見慣れた天井が視界に入る。
そして、身体に馴染んだスプリングに自分はベッドにいるのだと気付く。
そこでようやく止まっていた思考回路が動き出し、与えられた過ぎる快感に抗えずに意識を飛ばしてしまったことを思い出す。

倦怠感とシーツが纏わりつく身体を何とか捩れば、鮮明になってきた視界に彫像が映った。
無駄のない筋肉に覆われ、均整の取れたそれはとても美しいもので。
思わず手を伸ばして触れれば。
冷たいはずの彫像の肌には、体温があった。

「アル?」

あぁ、やっぱり彼は綺麗だ、と。
熟練の彫刻家が生み出した神の肢体によく似たそれを確かめるように触れる。

その手つきは、幼子のように無邪気なもので。
しかし、どこか淫靡なものでもあり、ハインリヒは何か眩しいものでも見るかのように瞳を細めた。

「どうした?まだ夜明け前だ。寝ていてもいいぞ」
「うん」
「何か飲むか?」

フルフルと首を小さく横に振るアルフレードの髪をくしゃりと撫で、柔らかな金糸のそれを指に絡めた。
サイドチェストに置かれているシェードランプの小さな明かりに照らされ、深みのある蜂蜜色に煌めくそれは迂闊に触れてはいけない神聖さを孕んでいる。
穢れを知らない白い魂を持つ、綺麗な生き物。
真に神と呼ばれる者が居たとしたならば、彼は間違いなくそちら側の生き物だと思う。

だが、彼はただ綺麗なだけの生き物ではない。
この世界には争いがあることも、今も誰かの血が流れていることも知っている。
痛みも苦しみも哀しみも知っている、弱い青年だ。
理不尽な暴力に傷付き、罪のないその手から多くのものを奪われ、それでも己の内にある狂気と向き合える強さを秘めている青年だ。
目には見えない純白の翼を持ちながら、この醜い地上で生きることを選んだ勇敢な存在だ。

「アル、」

涙が渇いた跡の残る眦を指先で撫で、幼さを感じさせる丸い頬に掌を宛がう。

「身体は辛くないか?」
「うん、へーき」

シーツに足を取られながら、もぞもぞと身体を起こそうとしているアルフレードの背中に空いていた腕を回した。
無防備にぽすりと預けられた身体をしっかりと抱き寄せ、ベッドヘッドに積んだクッションに2人分の体重を託す。

「なに、しているの?」
「ん?」
「それ…」

さっきも何かしていたでしょ、と続けるアルフレードの視線の先を追う。
じっと注がれるそれは己の手元に向けられており、これか、と拾い上げた“それ”を彼に差し出す。

「万年筆…何か書いていたの?」
「いや、手入れをしていただけだ」

反射的に受け取ったアルフレードは、ずしりと重量のあるそれを掌に乗せた。
無機物でありながら硬質な冷たさを感じないのは、手入れをしていたという彼が触れていたからなのか。
それとも、大切に扱われている無機物には温もりが宿るのか。
どちらにせよ、微かな明かりの中でも見て取れるほど綺麗に磨かれた万年筆に、アルフレードはそっと笑みを刷いた。

「これ、オレが贈った万年筆だよね」
「あぁ。アルからの初めてのプレゼントだ」
「大切にしてくれているんだね。ありがとう」
「当然だろう。アルの他に大切なものはないが、アルから贈られたものだけは例外だ」

いや、例外と言うのなら。
それこそ、“アルフレード”が例外そのものなのだろう、とふと思う。
白と黒しかなかったモノクロの無味乾燥とした味気のない世界に、突如として現れた色彩豊かな存在。
無意味だった世界の中で、唯一の意味ある存在。
“自分”という個と隔絶したその他大勢の中の、たったひとり。
確固たる意味を持ち、他者の介在を一切許さなかった己のテリトリーの中に初めから居たかのように自然と傍に在る青年。

己の命にさえ執着していなかったというのに。
護りたい、と。
己の全てを賭けて護りたいと願い、幸いを祈るたったひとりの存在。
この先、たとえ何度生と死を繰り返したとしても。
彼の他にそんな存在と出逢うことはないだろう。
切に、自分ではない他者の幸福を懇願するほど愛しいと想えるそんな存在と。

(これほどに心が希求する存在は、きっと他には居ない)

たとえば、視認できないだけで魂というものが実際に存在するとして。
それが、1つの生の終わりと共に新たな生を迎えるとして。
そうして、幾度も。
何世紀も前から。
人類の遺伝子がこの世界に産まれた瞬間から繰り返されてきたとして。
その魂が求め続けてきたのは、この青年だったに違いない、という確信があった。
生命を維持するために酸素を求めるように、飢えていることにすら気付けないほどの飢餓に苦しんでいた魂が求めていたのは。
深い傷を抱え、過酷で残酷な現実を背負って生きるこの美しい青年だったのだ、と。

「アル、」
「うん?なぁに?」

見上げてきた鳶色の双眸の中に、自分が映り込む。
過酷な悪夢と残酷な現実を真っ直ぐに見つめ、挫けることなく、何度躓いても立ち上がってきた強い光を湛えた瞳だ。

しかし、それは永遠に喪われていたかもしれない光。
これほどに心が希求し、魂が探し求めていた存在に出逢うこともできずに。
いまこの瞬間も、自分は無味乾燥とした無意味な世界でただ呼吸を続けていたかもしれない。

その可能性の存在に、今更ながら恐怖心が込み上げてくる。
もしも、出逢えていなかったら。
もしも、永遠に喪われていたら。
意味のない想像だと分かっているが、それでも、血液が冷えていく。
しかし、同時に。
出逢えた事実に、言いようのない歓喜が胸を満たす。

「この感情を、何と言えばいいのだろうな」
「?」

こてん、と首を傾げるアルフレードの額に唇を寄せる。
ふわりと鼻腔を擽った彼の花によく似た甘い香りが、腹を満たして眠ったはずの獣を揺り起こす。
貪るように求め、啼かせ、それでも飽き足らずに何度も熱を分け合ったというのに。
これ以上は彼の身体に負担を強いる、と理性が獣を窘める。

「…際限がないな。自分でも呆れるほどに」
「何が?」

何世紀もの間、飢餓に気付かぬまま無意識に探し続けていた存在を手に入れた今。
思い出してしまったのは、激しい飢えと乾き。
痛いほどの、渇望。

そのとき、まるで。
締め付けられる心臓の危うい動きに心電図が警告するように、モバイルのアラームが時刻を告げた。
夜が終わり、朝が始まる時刻を。

「夜明けか」

朝が、産声を上げる。

「アルフレード、」

繊細なビスクドールを腕にするように、無防備な彼の身体を抱きしめる。
するりと背中に回されてきた彼の両腕の感触と直に触れ合う肌の温もりに、ハインリヒはゆっくりと瞳を閉じた。
空腹を訴えてくる獣が、鎮まっていくのを感じる。
深く繋がるだけではなく、ただ触れ合っているだけでも満たされる。

人間は。
いや、全ての生き物は、渇きと飢えを満たすために生きているという。
形や名前は違えど、何かしらの飢餓を抱え、それを満たしたいという渇望と共に生きているという。
ならば、とふと思う。
渇きと飢えを知ってこそ、命とはようやくその“生”を生き始めることができるのかもしれない、と。

「…飢えていることにも気付けないほどの飢餓を満たしてくれたのは、お前だった」
「うん?」
「俺が無意識に探し続けていたのは…渇望していたのは、お前だ」
「…うん」
「お前は、世界の意味を変えただけではなく、俺の存在意味さえも変えてしまった」

己の命にさえ執着しなかったというのに。
誰かの命がこれほどに尊く、愛しいと感じられる。

世界など何の意味もなかったというのに。
彼と出逢ったというだけで、これほどに鮮やかに輝き出した。

己が生きている意味を正確に答えられる人間は少ないというのに。
その意味を見つけられた者はもっと少ないというのに。
今、自分の手の中にはそれがある。

「俺を生かしているのは、アルだ。アルの命が、俺の命を生かしている」

飢餓に苦しむ心を満たしてくれる唯一の存在。
生きることにも死ぬことにも何の意味も見い出せず、ただ呼吸を続けるだけだったこの無意味な肉体に、存在する意義を与えた存在。

「産まれて来てくれたことに、感謝する。ありがとう、アルフレード」

閉じたときと同じようにゆっくりと瞳を開き、アルフレードを見る。
頬に影を作るほど長い睫に縁取られた彼の鳶色の瞳が瞬き、その拍子に、真珠がころりと頬を伝って落ちた。

「お前と出逢わなければ、俺は自分のために生きたいと思うことはなかっただろう」
「……」
「アルと生きたい。これほどまでに自分の命に執着したのは初めてだ」
「…はい、ん」
「お前がこの世界に産声を上げたこの時間に、感謝する」

そして。
数多くの苦痛に負けることなく。
諦めることなく。
生きてくれた彼自身に、感謝する。

「アルフレード、」

地上に産み落とされる太陽と共に産声を上げたこの命の尊さを噛み締めて。
血に汚れてもなお清廉な美しさを失うことなく。
一層凛々しく輝く光を胸に抱いて生きているこの命を、「愛しい」と改めて想う。

「お前は俺の存在意義だ。俺を生かす根源そのもの」

滑らかな頬の上を転がり落ちる真珠を指先で拾う。
その指先で、泣くのを堪えるように食い締められた赤い唇をなぞる。
微かに震えているそれが一音一音を歌うように紡ぎ出すのは、己の名前。

「はい、ん…ハインっ」
「あぁ、泣くな。見てみろ、空に光が産まれた。お前の生を祝福する朝だ」

そして、同時に。
彼がこの世界に生を受けなければ産まれることのなかった、己の生の意味が産声を上げた瞬間。
そうして、ひっそりと彼と共に生きてきたそれが今。
確かに今、胸の中で息づいている。
己の命と共に、生きている。
アルフレードの生と共に齎された、1つの命が。

「最愛にして、俺を生かす者。この世の光がお前を守護し、幸いが言祝がんことを」

朝の誕生を見届け、夜は足音もなくそっと去った。
やがて、夏の太陽の下に。
白い光が燦々と降り注ぐ大地に、新たな命が産声を上げることだろう。
その心の奥底に、切々たる渇望を抱えて。

  いつか満たされるためにある胸の空虚に花が散る


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***
アルの生に誰よりも救われているのはハインで、ハインの生に誰よりも救われたのはアル。
産まれてきた理由も生きている意味も簡単に答えられるものではないし、その答えに正解はない。
「誰かの生が自分を生かしている」ことが幸福で本当に正しいことだとは言えない。
でも、この2人にとってはそれくらい、お互いの生が意味あるもので。
そうして、自分の生の意味を見つけ、自分が存在する意義を得られたわけで。
それはそれで、幸せなことだと思う。

結論。
ハインにとってアルの誕生は世界の誕生に等しいくらい意味のある大切な出来事。

…ってことを書きたかったんです。

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