頁のない物語 #01

「お前の爪は綺麗だな」
「そうかな?割れやすいから、困るんだ」

そう言いながら、アルフレードは爪を切っている。
デザイナーである彼は、サンプルの生地に傷をつけないように手入れを怠らない。
だが、その爪を伸ばして欲しい、と思うのは。
俺の身勝手なエゴでしかない。

伸びた爪で、俺の背中に、アトをつけて欲しい。
そんなことを言ったら、アルフレードは一体どんな顔をするだろうか。

__________


迷って、躓いて、何度も転んで。
血が乾かないうちに、また傷口が開いて、血が流れる。
それでも、少しずつ歩いてきたこの道は。

「帰ろうか、アル」
「うん」
「今日のディナーは何だ?」
「ハインの好きな赤ワインのビーフシチューだよ」
「それは楽しみだな」

あぁ、あの辛く険しかった道は。
あなたに出逢うためのものだったと思いたい。

__________


神は全てを看ているらしい。

「…ッふ、く…っ」
「アル、大丈夫だ。俺がいる…お前には、俺がいる…」

ならば、何故。
その神とやらは、この優しい青年に手を差しのべないのか。
傷付けられ、涙を流し続けるこの愛しい存在に。
この痛々しい姿を看ているというのに、それでいて何もしないのか。

「…ッさ、い…ごめ、なさい…っ」
「謝るな。お前は何も悪くない。悪くないんだ」

なぁ、神とやら。
天の高みから看ていることしかできない無力なお前など、必要ない。
これは、宣戦布告だ。
俺は、ルチーフェロにでも何にでもなってやる。
たった独りの青年さえも抱きしめてやれないお前など、この手で殺してやる。

__________


「アル、おいで」

こいこいと手招かれ、近くへ行けば腰を抱き寄せられて膝の上に座らされる。
良い子だ、と髪を撫でてくれる彼の手は温かく、心地良い。

「ゆっくりでいい。こうして、ゆっくり、ふたりで歩いていこう」

海のように広大な優しさと限りない愛情に包まれ、その温かさに泣きそうになった。
情けないほど過去に捕らわれ続ける弱いオレを、彼は許してくれる。
共に、歩いていこうと言ってくれる。
こんなオレを、愛してくれる。

ねぇ、オレは…。
オレは、上手にあなたを愛せていますか?

__________


「お前の笑顔は綺麗だな」
「え?」
「見ていると、何故か俺まで穏やかな気持ちになる」
「それはね、オレが今、とても幸せだからだよ」

そう言い、アルフレードはあまりにも綺麗に笑んだ。
彼はどんなときも、穏やかに笑む。
それは彼の心根が美しく、穢れない純粋さを持っているからできるものだ。
彼は誰よりも痛みを知り、哀しみを抱えている。
けれど同時に、懸命に前を見据える強さを秘めた、優しい子だ。
そして彼は、極上の甘さを含む笑みを浮かべた。

「ハインに愛してもらって幸せだから、オレは笑っていられるんだよ」

__________


カタカタ…とリズム良くハインの長い指がノートパソコンのキーボードを叩く。
器用に文字を入力していく様子は、彼の節だった男の人らしい綺麗な指が踊っているみたいだ。
何であんなに綺麗なんだろう、と思ってしまう。
手を繋いだとき、指に当たる節の感触が心地良くて、温かくて。
あんなに力強そうなのに、オレに触れるときはひどく優しくて。
あの指に丁寧に施される愛撫に、どれだけ翻弄されるか…。

「…って、ちょ、なに考えてるのオレ!?」


(…視線を感じていたんだが、アルは一体何をしているんだ?)

__________


あなたの「ただいま」。
お前の「おかえり」。
ふたりで交わす「おはよう」と「おやすみ」。

それは、ふたりだけのアイコトバ。
ふたりだけの、愛、言葉。

__________


「ヴォンジョルノ、サボ朗」

朝陽の中、サボテンに微笑みかける横顔に息を呑む。
そのあまりにも鮮烈な美しさに、呼吸すら憚られるほどだった。
蜂蜜を垂らしたかのような甘い金糸の髪が光りを食み、一層煌く。
神々しく、静謐な存在。

「ヴォンジョルノ、ハイン」

聖歌を思わせる穏やかで、蕩けるほどに甘い声音が耳朶を包む。
あぁ、この世界に見届けることしか出来ぬ無力な神など必要ない。

「良いお天気だね。バルコニーに行こう?」

穢れなど知らないかのように微笑む美しい天使が、ここに居るのだから。

__________


朝陽が、ゆっくりと闇を食む。
ダイアモンドの粉を散らしたかのように、光りが煌く。

海に揺蕩うような心地良さに思わず瞳を閉じれば、ぽすりと彼に抱きしめられた。
やっぱり、彼の腕は温かくて心地良い。
目を開ければ、視界いっぱいに深い海の色が広がった。
光りと闇が交わり合う不思議な空と同じ色。
あぁ、なんて綺麗なんだろう。

「昨日に感謝を」
「今日に祝福を」

いつからか日課になった朝の祈りの後、長い口付けを交わす。
オレと彼の体温が溶け合う。
静かに重なる鼓動が、愛しかった。

__________


「…んぅ…はぃ、ん……」
「…アル?」

眠っていたはずの彼に名を呼ばれ、腕の中を見る。
丸い頭を俺の肩口に乗せている彼の鳶色の瞳は、しっかりと閉じていた。
口許を小さく緩め、言葉になり損ねた吐息を零している。

「ふっ、寝言か」

つい、つられるように口許が緩む。
夢の中でさえ俺の名を呼ぶ彼に、愛しさが込み上げる。
そして、彼の夢の中に俺が居るということに歓喜を抑えることができない。
その所為かどうも寝付くことができず、彼の温もりを感じながら、夜明けまで星を数えて過ごした。



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