冷えた肌に温もりを - eterna

冷えた肌に温もりを

世界はひとつの同じ空を戴いているというのに、何故こうも違う表情を見せるのか。
突き抜けるような青空からは目に痛いほどの光が燦々と降り注ぎ、イタリアが太陽に愛された国と言われるのも頷けるとハインリヒは瞳を細めた。
サングラスの薄いガラス1枚では防ぐことのできない光量に全身を包まれる。
何もかもが、眩い。
何もかもが、美しい。
光に溢れる空、瑞々しい緑、真っ白な砂浜、穏やかな波の海。
夏らしいリネンのシャツ、風と戯れる金糸の髪、艶やかな肌、膝上まで捲し上げられたパンツから見える足。
何よりも、惜しげもなく向けられる笑顔。
ぱしゃぱしゃと音を立てながら海水と遊んでいるアルフレードに手招かれるまま、ハインリヒも波打ち際まで近付いた。

「あまりはしゃいでいると転ぶぞ」
「じゃぁ、手を繋ごう。これで、転ぶときは一緒だね」
「はは、それは勘弁してくれ」

アルフレードが今は亡き両親から受け継いだヴィッラの姿は遥か後方で。
随分と歩いて来たな、とハインリヒは辺りを見渡す。
この一帯に他の別荘や邸宅はなく、実質的なプライベートビーチには自分たちしか居ない。
聞こえてくるのは、凪いだ波の音だけ。
過剰なまでに流れ込んでくる情報や街中の雑音から隔絶された、静かで美しい世界だ。

あらゆる物で溢れ返った忙しない日常が嫌いなわけではないが。
やはり、心と身体の歩く速度が一致する心地良さは何ものにも代え難い。
特に目的もなく歩くこの時間を、かつての自分なら「無駄」と一蹴しただろう。
しかし、愛する人と手を繋いで他愛ない話をしながら過ごす穏やかな時間がどれほど幸福で尊いものか。
息が切れていることにも気付かずに走り続けていたかつての自分に教えてやりたい、とつくづく思う。

そんなことを考えながら、さらにどれほど歩いた頃か。
虹色に光る貝殻を集めていたアルフレードがふと空を仰いだ。
「雨だ」と小さく呟いた彼の声につられるように見上げた瞬間。
セルリアンブルーの空が、突然泣き出した。
それはあっという間の出来事で、走り出すのも忘れて顔を見合わせてしまう。

「スコールだ!」
「これは今更走ったところで手遅れだな」
「あははっ、あっという間にずぶ濡れだね」
「とりあえず戻るか」
「競争しようよ!一度やってみたかったんだ」

スタート!と軽快に走り出したアルフレードに一瞬面食らうも、慌てて追い駆ける。
歩き慣れない砂浜に足を取られながら、2人して子どものように無邪気に走る。

「定番のアレやっておいた方がいいかな?」
「アレ?」
「ほら、こういう砂浜で追い駆けっこしながら、“捕まえてごらん”って言うやつ」
「捕まえた後は好きにしていいのか?」
「え、そうなの?」
「そうとなれば、本気を出さないといけないな」
「わ、何で砂浜でそんな俊敏に走れるの!?」
「逃げ切れると思っているのか」
「ハインの目が本気だ!」

声を上げて笑い合いながら、殊更ゆっくりと時間を掛けて歩いてきた道を走って戻る。
しかし、雨の勢いは弱まることなく、砂浜からヴィッラに続く緩い丘の坂を駆け上がる頃には全身ずぶ濡れになっていた。
ふわふわとご機嫌に揺れていたアルフレードの金糸の髪も水を吸って毛先が下がっている。
だが、水を含んだことで一層光を弾く。
上等な蜂蜜を思わせる甘い煌めきは眩しく、ハインリヒは瞳を細めたまま両腕を伸ばした。

「捕まえた」

背後からひょいっと軽々抱き上げれば、素直に拘束されたアルフレードが嬉しそうな笑みを浮かべて見上げてくる。

「捕まっちゃった」
「さて、好きにしていいんだよな」
「ふふ、オレどうされちゃうの?」
「どうされたい?」

悪戯を思いついたようにくすくすと小さく笑うアルフレードに同じように返せば、鳶色の丸い瞳にじんわりと艶が滲む。
先程まで見せていた子どものような無邪気さなど微塵も感じさせない。
浮かべられた微笑みは噎せ返るような嫣然さで、ハインリヒは一瞬息を飲んだ。

「身体の一番奥まで愛されたい」

耳元でそう囁かれ、膝から崩れ落ちそうになる衝撃に何とか踏ん張って堪える。
何だこの可愛い生き物は、と独りごちれば、腕の中で彼が肩を揺らして笑う。
額に張り付いた前髪を彼の細い指が優しく払った。

「ふふ、この時期でもさすがに雨に濡れたままだと冷えるね」
「…まずはシャワーだな」
「新しい入浴剤使おうよ」
「悪いが、今の俺に風呂に浸かる余裕はないぞ」

煽ったのはお前だからな、と続ければ、アルフレードの瞳にも確かな熱情が差す。
雨で冷えた身体には、互いの体温が熱いほどで。
しかし、その温みがひどく心地良い。
「無駄」だと過去に切り捨ててきた中にあった“他者の温もり”が今、これほどに安堵するものになるとは。
甘えるように擦り寄ってきたアルフレードを抱きしめれば、彼の体温がじんわりと伝わってくる。
堪らなく愛おしいと思う存在を腕にふと見上げた空はいつの間にか雨が止み、それを祝福するかのような見事な虹が架かっていた。


 あなたのぬくみがいとおしい


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いちゃいちゃしているだけのやつ。

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